大判例

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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1087号 判決

1 前記のとおり、本件解雇は、控訴人の本件事故が就業規則四二条一〇号の免職(懲戒解雇)事由である「罰金刑以上の刑罰法令にふれる行為のあったもの、但し業務上によるものは除く。」に該当するとして、なされたものである。ところで、従業員が職場外でその職務との関連なしに私生活上で行った犯罪行為その他の非行であっても、それが営利を目的とする会社の存立、運営上に不可欠である名誉、信用その他相当の社会的評価に悪影響を及ぼし、また企業秩序維持にも支障を与える場合には、使用者はこれに対して懲戒権を行使しうると解されるが、懲戒処分としての解雇(免職)は、当該従業員を全面的、永続的に企業外に放逐するという重罰にあたるから、諸般の事情を総合勘案して、その行為が会社の社会的評価に及ぼす悪影響や企業秩序に与える支障の程度が相当重大であると客観的に評価される場合でなければ懲戒解雇は許されないと解すべきである。そして、就業規則四二条一〇号が、その文言どおり「罰金刑以上の刑罰法令にふれる行為」のあったことをもって、その行為の会社の社会的評価に及ぼす悪影響や企業秩序に与える支障の有無・程度を問題とすることなく懲戒解雇をするとの趣旨であるとすれば、前記のとおり本来懲戒の対象とはなしえず、ましてや懲戒解雇の対象とは到底なしえない行為についてまでも一律にその対象とすることになり、右規定自体の効力について疑問も生じうるところであるが、同規則四二条には、同条各号に該当するものであっても「情況によっては謹慎減給にとどめることがある。」との但書が設けられていることを考慮すれば、右規定自体を直ちに無効と解するのは相当でなく、右規定は、従業員の職場外での職務との関連のない私生活上の「罰金刑以上の刑罰法令にふれる行為」(以下犯罪行為という。)も、その犯罪行為が会社の社会的評価に及ぼす悪影響や企業秩序に与えた支障の程度が相当重大であると客観的に評価される場合には、懲戒解雇する旨の規定として有効であると解すべきである。したがって、右規定に基づいて行われた懲戒解雇も、当該犯罪行為の性質、態様、情状、被控訴人の業種、規模、当該従業員の被控訴人における職種、地位などを総合勘案し、また、被控訴人による過去の処分事例、他の企業や公務所における同種事犯に対する処分事例などとも比較対照したうえ、その犯罪行為が被控訴人の社会的評価に及ぼした悪影響、企業秩序に与えた支障の重大性の程度を客観的に判断し、それが、右懲戒権の行使(具体的には前記重大性の判断)にあたり被控訴人に与えられた裁量の幅を考慮に入れても、なお懲戒解雇を相当とするほどに重大であると認められないときには、その懲戒解雇は懲戒権の濫用として無効となるというべきである。

2 そこで、右のような観点から、本件解雇についての懲戒権の濫用の有無について判断を進める。

(一) 本件事故の性質、態様、情状

《証拠》によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 控訴人は昭和五四年四月一三日群馬県高崎市で開催された労働組合の会合に出席しての帰途、東京新宿駅から甲府駅までの国鉄中央線列車内でポケット瓶入りウイスキーを飲み、同日午後九時ころ甲府駅で下車した。その後、控訴人は甲府駅周辺で過ごし(控訴人本人は、この間四時間ほど同駅北口に近い被控訴人駐車場に駐車中の自己所有の普通乗用車内で仮眠していた旨の供述をするが、直ちに措信しがたく、この間の控訴人の動静については、証拠上明確でない。)、翌一四日午前二時三五分ころ帰宅するため前記自己所有車を運転して甲府市中小河原町四〇四番地の一先路上に至った際、進路左端で非常駐車灯を点滅させて停車中の貨物自動車をその直前で認め、右にハンドルを切ったが間に合わず、右貨物自動車右後部に自車の屋根の部分を衝突させ、押しつぶされてはぎとられた右屋根の部分をそこに残したままさらに走行して、道路右側沿いの同町四〇三番地山梨総合高等職業訓練校の金網囲障に自車前部を衝突させて、右金網に食い込ませた形でやっと停車させた。その直後、事故現場に臨場した警察官土橋正教は、頭部等に負傷して立っている控訴人を発見し、現場に間近い南甲府警察署に任意同行したが、その際、控訴人は負傷している割にはしっかりした足取りであったものの、酒のにおいをさせていたため、同署前で検知管による検知をしたところ、呼気一リットル中のアルコール濃度二・〇ミリグラム以上との結果が出たので、さらに控訴人を約一〇秒直立させたが、ふらつくことなく直立することができた。ついで土橋警察官は控訴人を歩行させようとしたら、その場に座り込んでしまったので、負傷による影響も考えて同署内のソファーまで連れていって横たわらせて、住所、氏名、勤務先等を質問したところ、普通に応答がなされた。間もなく、控訴人は救急車で同市内の外科医院に運ばれ、医師の診察をうけたが、前頭部挫創、頭部打撲症等で治療見込二週間と診断された。

(2) 土橋警察官らは、前記鑑識の結果を総合して控訴人を酒気帯びと認定し、また、同署警察官は本件事故を酒気帯び運転、安全運転義務違反として立件して甲府区検察庁に送致した。ところが、同庁検察官は同年五月九日これを酒酔い運転、安全運転義務違反として起訴し、同日甲府簡易裁判所裁判官はこれを酒酔い運転、安全運転義務違反として、控訴人を罰金五万円に処する旨の略式命令をしたが、控訴人はこれに対して正式裁判の請求をしなかった。

(3) 他方、山梨県公安委員会は、本件事故を酒気帯び運転、安全運転義務違反の物損事故として、同月二四日、控訴人の運転免許の効力を九〇日間停止する旨の行政処分をした(ただし、その後、安全運転学校の講習受講により停止期間は四五日に短縮された。)。

(4) 控訴人は本件事故により、自車を大破させたほか、前記貨物自動車及び金網囲障に対し、それぞれ修理費用五万円余を要する損害を与えたが、それぞれその被害弁償をおえている。

(二) 被控訴人の業態、控訴人の職種、地位など

《証拠》によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 被控訴人は、一般乗用旅客自動車運送事業(いわゆるタクシー事業)を目的とする会社であり、本件解雇当時、認可営業車約二八台、従業員約四六名で、甲府市付近を中心に営業していた。

(2) 控訴人は、昭和四二年一月に被控訴人に就職して以来、営業車(タクシー)の運転手として勤務しており、本件事故当時も格別の役職には就いていなかった。

(三) その他の事情

《証拠》によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 被控訴人は、その営業目的から、日頃従業員に対する安全運転教育を重視して実施しており、特に、飲酒運転防止については営業所内に貼紙をして注意を促していた。

(2) 訴外組合は控訴人を懲戒解雇とすることに反対し、本件解雇後もその撒回を求める運動をしており、被控訴人の従業員の大多数も、本件解雇を重すぎるとして控訴人に同情を示している。

(3) 控訴人は、本件解雇を不当として争っているが、本件事故自体については反省し、これがその他の懲戒の対象とされることは甘受する態度を示している。

(4) 控訴人は昭和二九年三月自動車運転免許を得て、以後、継続的に運転業務に従事しているが、前科はなく、本件事故時以外には酒気帯び、酒酔い運転をしたことがない。

(5) 被控訴人は、昭和五四年五月一四日甲府労働基準監督署長に対し、本件解雇についての解雇予告除外認定申請をしたが、同署長は、被控訴人、訴外組合、控訴人からそれぞれ事情聴取したうえ、認定基準の一つである「著しく事業所の名誉若しくは信用を失墜するもの、取引関係に悪影響を与えるもの、又は、労使間の信頼関係を喪失せしめるものと認められる場合」には該当しないことを理由に、不認定と判定して、同月二二日までに被控訴人に通告した。

(6) 本件事故については、新聞、放送等による報道はなされなかった。

(四) 他の処分事例など

《証拠》によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 被控訴人においては、昭和四五年以降の懲戒事例は乏しく、特に懲戒解雇の事例は皆無である。被控訴人の事例としては、本件とはその性質、態様を異にするが、昭和四六年ころタクシーメーターの不倒行為をし、さらに他の従業員と喧嘩して負傷させた運転手が副班長から平従業員への一年間降格、三日間の出勤停止との処分をうけた例及び昭和五二年に旅客を乗車させる際にドアの閉め方を誤って同人の足に負傷させながら、同人を病院に送りつけたまま立去り、その後営業所に抗議に来たその旅客に対し「当り屋ではないか」と暴言をはいた運転手が始末書提出だけの処分をうけた例があるだけである(なお、控訴人は、業務外で酒酔い運転して物損事故を起こした運転手について被控訴人副社長が示談交渉をしてやったうえ何らの処分もしなかった事例がある旨の主張をしており、《証拠》中にはこれに副う部分があるが、その内容があいまいであって、直ちに採用しがたく、他に右主張を証するに足りる証拠はない。)。

(2) 昭和五〇年七月甲府市内の他のタクシー会社の運転手が業務外でライトバンを飲酒運転し、追突による人身事故を起こしながら、そのまま逃走して逮捕され、これが新聞報道された事例について、同社は右運転手を整備工場勤務に配置転換したにとどめ、かつ行政処分により取消された免許の再取得後、再び運転手の職種にもどした。

(3) 山梨県は、その県庁職員が昭和五〇年以降本件事故当時までの間に飲酒運転をして物損事故を起こした三例(うち二件は公務員の非行として新聞報道された。)について、停職処分としており、その後の昭和五六年八月の同種事例でも停職三か月の処分であった。そして、昭和五七年七月乗用車を酒酔い運転し歩行者をはねて負傷させて逃走し逮捕、勾留された県職員を免職としたのが、県職員の飲酒運転に関するはじめての免職事例である。

(4) 山梨県内の公立学校教職員の飲酒運転に関する処分事例も、昭和五一年六月から昭和五七年一〇月までに七例(うち五例は新聞報道された。)あるが、最も重いもので停職四か月にとどまっている。

(五) 以上(一)ないし(四)で認定したところにより判断するに、右(一)の認定事実からすると本件事故当時、控訴人は単に酒気を帯びていたにとどまらず、そのアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態であった疑いが濃厚であるといわなければならず、したがって、本件事故自体決して軽いものではないというべく、特に業務外での自家用車の運転中とはいえ、旅客運送のための運転を職務とする従業員がこのような行為を行ったということは、タクシー営業を目的とする被控訴人の社会的評価に少なからぬ影響を与え、また他の運転手はじめ従業員に動揺を与えてその企業秩序維持の上でも支障を及ぼしたものといわなければならない。しかし、(1)本件事故では控訴人が自傷したほかは、その損害は比較的軽微であって、いずれも控訴人において賠償を終えており、事故についての報道もなかったことから、本件事故による被控訴人の社会的評価の現実的毀損はそれほど大きくはなかったと考えられること、(2)控訴人は過去に同種の前科、前歴はなく、被控訴人により懲戒されたこともないこと、(3)他の従業員も本件解雇は重すぎるとの反応を示していること、(4)労働基準監督署長も本件につき解雇予告除外認定をしなかったこと、(5)被控訴人も従業員に対し、その対象たる非行の性質は異なるにせよ、これまで比較的寛大に懲戒権を行使してきたこと、(6)同業他社においては本件よりも情が重いとみられる事例でも懲戒解雇にはなっていないこと、(7)自動車運転を職務内容とするか否かという点で重大な差異があるものの、全体の奉仕者として職場規律が重視され、社会的にも厳しく評価されている県庁職員、公立学校教職員の飲酒運転事例においても、相当に悪質な一例を除き、すべて停職以下の処分にとどまっていることなど、これまでに認定した諸般の事情を勘案すると、懲戒権行使にあたり被控訴人に認められるべき裁量の幅を考慮しても、本件事故が被控訴人の社会的評価に及ぼした悪影響、その企業秩序に与えた支障の程度は、客観的にみて懲戒解雇を相当とするほどまでに重大であるとは認められない。したがって、本件解雇は懲戒権を濫用したものであって、無効であるといわざるをえない。

(森 片岡 小林)

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